人生で起きるあらゆることを乗り越え、年齢を重ねながら、いきいきと輝いているひとにお話を伺います。金言から「自分を愛し、楽しく生きる」ヒントをもらいましょう!
目次
書家アーティスト 岸本亜泉さん
「諦めびとから“自己表現するひと”へ」
ー現在海外でもご活躍されていますが、書道を始めたきっかけやアーティストになった道筋を聞かせてください。
私は二十歳の頃、呉服屋で営業をしていました。お給料を上げたい、トップを取りたい、と思うもののなかなか成果は出ませんでした。自分の何倍も着物の知識もあり、経験もある上司と同じやり方では到底、成功できないと感じ、オリジナルのやり方を考える必要があったんです。
そのとき漠然と、『お客様と心でつながること』をしたい!と思い、お礼状を書くことにしました。きちんと書きたいという気持ちから、どこかペンでは伝わらない気がして。そのときに初めて筆を執りました。不思議なもので、子供の頃は書道教室に行かされましたが、無理やり左利きを直されそうになったことで嫌になり、すぐやめたんですけどね(笑)。
はじめは、お礼状を書いても全然うまくいきませんでした。枚数を書いても、全くレスポンスがなかったんです。『どうやったら、心を込めた書を書けるのか』ということにしばらく悩みました。当時の私は、仕事を成果で出したいという気持ちばかりが前に出て、必死だったと思います。だから、人に対して「ありがとう」という感謝の気持ちが正直よくわからなかったんですよね。
でも、集中して書を書く時間を過ごす中で、『そもそも私が自分自身にありがたさを感じていなかったから、他人への気持ちも理解できなかった、というか、理解しようともしていなかったんだ』と気づけたんです。私にとって、この頃は書を通して、自分と向き合う時間になりました。表現することで、自分のいろんな思いや気持ちに気づけるようになったんです。
正直、その発見はとてつもないことでした。考え方や価値観が変わったので、私のそれまでの人生を変えてくれる衝撃でした。気持ちをストレートに向けた書を書くことでマインドの変化があって、お客様への対応も変わり、呉服屋での売上もメキメキ上がりましたよ!不思議なもので。でも、本当の思いというのは伝わるんだということも、証明できたような気がします。
当時何か嫌なことがあったり落ち込んだりしても、私は友達や家族に相談できるところがないと思っていたので、書と向き合う時間は逆に集中して自分だけを見ることができたのも、発見のためによかったかもしれないです。そのとき人生で初めて自分の時間を持ったことで、初めて〈わたし〉という人間に興味を持つことができました。そして、自分にも他人にも諦めしか持っていないことに気づかされましたね。それまで〝自愛〟という言葉とは、程遠い人生でした。私は私しかいないのに、人生は一度しかないのに、それまでどれだけ自分を見てこずに生きてきたのかと愕然としましたが、本当に気づけてよかったので、自分と向き合う時間を持つというのはとても大切だと思います。
そこから、この感動を周りの人たちにも知って欲しいという気持ちが生まれました。それまで他人に関心を持たないようにしていたけれど、「自分は尊い」と思えてから、周りの人への気持ちにも変化が出たんです。子供を持ったこともあり一時期、専業主婦をしていました。その時、少し時間もあったことから自分で書いた書を細々と売っていました。そうすると、見ていただいたり、買ってくださった方達から、今度は「書を書いてみたい」というお声をいただきました。それにお応えしたり、ほかでも、書いてみないかとお誘いいただいたことを楽しんでやっていたら、気づけば『自己表現する人』になっていました(笑)。
ほんとうの「自愛」を理解するまでには訓練が必要
ー今までの人生でどん底だったと思えるエピソードはありますか?また、それをどう乗り越えて「アイラブミー」になったのでしょうか。
うちは両親の仲があまりよくなく、しょっちゅうケンカをしていました。私にとって、それが子供の頃の日常の風景でした。そのうち父が出て行き、それから母は不安定になりました。そこからはストレスのはけ口かのように母からは扱われていた、という気持ちでしたね。母から愛されているという実感はなくて、こういうものなのかという気持ちにすらなって、そうなると今度は自分自身でも自分が好きではいられなくなるものですね。というか、正直嫌いでした。
信頼できなくなってしまっていたので、すぐ人に疑いを持ったり、周りを見ては『なんで私だけこうなのだろうか、私ばっかり…』なんて、数え切れないくらい思いました。それでも、下に兄弟もいるので父親代わりに家族を養うため、お金を稼がなければいけない状況にありました。なので、自分のことを考えている場合ではないという思考や心境だったと思います。だから、仕事をしても、成果を取ることやお給料を上げることにばかり頭がいくような人間でした。しかも、自分に関心を持たず、側に置いておくほうが楽でしたから、無の気持ちで長らくいましたね。
だから正直、書を通して自分と向き合った時は本当にきつかったです。『自分で自分を見る』ということは、当然、嫌な部分を見つめなければいけないので。何せ自分で自分が嫌いなくらいでしたから(笑)。でも、人は一人では生きてはいけないし、周りと心地よく関係を築くことも大切ですよね。しかも、それが〈無理してではなく、自然とお互い求めるようになり一緒にいること〉がいかに素晴らしいことなのか。それは、まず自分が人に対してどんな気持ちを持っていたのかを知ること、更にいえば、自分で自分のことを客観視してどんな人間か理解してあげることができないと、本当には他人を受け入れるということはできないと思います。どんなに輝いている素敵な人がいても、自分がそれを受け入れられる状態でないと、自分にはその人は素敵に見えないということもあるんですよね。それには、まず自分の良くない点も含めて全てを受け止めてよく知った上での経験がないと、他人の素晴らしさなんて到底理解できないし、受け止められないということにも気づけました。自分がその器を持つことで、周りにも伝わり愛が伝染していくようになるんじゃないかと思うようになりました。
この、『自分と向き合う』ということは直面させられますから、私も何回も逃げました。そもそも自分を見ないように生きてきましたし。でも、自分を見る、自分を愛するということを日々訓練し続けるんです。そうしたことで、『こんな私もいいよね!』と受け入れられるようになりました。そうなると、本当に快適になるんですよね。これが『自愛』というものか、と実感できました。
自分とのコミュニケーションタイムが必須
ー日々の生活や人生を輝かせるために、普段から心がけていることや実施していることはありますか?
自分が自分に一番話しかけるようにすること、ですね。ぼんやり頭の中で考えたり、思ったりするのではなく、他人に問いかけるように、意識的に自分に話しかけるんです。これは、『自愛できているか』の確認になります。それは、心と体の健康チェックのようなもので、いろんなバロメーターになるので、すごくおすすめです。しっかりコネクトして、自分との信頼関係構築という感じですね。これは無意識ではできないので。意外と、忙しかったりすると自分のことって、他所におきがちになりませんか?自分は無理や我慢をしていないか、ストレスを持っていないか、と、自分とのコミュニケーションになるし、これは他の人にとってもプラスになるはずです。知らず知らずストレスを持っていて、他人に感じ悪く接したりしていたら嫌ですよね?でも、それって意識しないと気づけないんですよね。だから、私は毎日、自分自身に私が一番話しかけている存在でいるようにします。
あとは、周りの人への愛をしっかり出すこと、受け取ることですね。全ての人にはできないので、近くにいてくれる大切にしたい人たちには必ず、全力のエネルギーで自愛と同じくらい愛します。歪さも、周りの人のそのままを受け止めるということでもあります。自愛できるようになると、今度は『周りの人が同じような体験をしてくれたらその人たちがこうして広めてくれるので、もっともっとたくさんの人たちが自愛と慈愛に満ちた素晴らしい人生を送れるんじゃないか』と思うようになって、それを伝導していくように公私問わずしています。
「死ぬまで表現していたい」
ー今後の人生をどんな風に送りたいですか?
準備が出来てきているので近いうちに叶えられそうではあるのですが、目先の目標は、日本と海外での二拠点活動にすることです。日本文化や書道に興味を持つ人や、すでに実践されている人は海外に結構いらっしゃいます。また、表現活動している人も多く、異文化を取り入れることで新たな表現を模索するようです。そういう方々からも指導を依頼されますが、どの方へも『何を感じているのかを自分で知って、それを書にあらわすこと』を必ず伝えるようにしています。習いたい人に教えるだけでなく、個人的にも、もっと世界で日本の伝統である書を知ってもらえることにつながったらと思っているので、私自身の海外での自己表現をしていきたいと思っています。
もう一つの夢は、私の人生の経験を残せるように、映像や本にしたいですね。『必要としている人がいつでも触れられる形で残す』ことを、死ぬまでに叶えたいんです。私は、『いつ逝っても後悔しない在り方で生きている』自信があります。死ぬ時と死に方だけは、誰も知らないし、決めることもできませんよね。だからこそ、後悔しないように色々をやりきって生きるようにしています。
ちょうど数年くらい前から死と向き合うことはやり始めていて、自分の持つ才能も体も全て、今世で使い倒してから逝きたいという思いが強いんです。だから基本的には普段から動きとしてはやりきっているとは思うのですが、書にこだわらず、言葉としても残せたらいいなと思うようになりました。
信じること
ーあなたにとって「アイラブミー」とは
世の中には、信じないと見えないことがたくさんあると思います。信じるか信じないかで、情報の入り方や感覚、感情はとても変わります。「アイラブミー」は全ての人間がもともと持っていると思いますが、引き出されるか出されないかでその先のことは違いが出ますよね。何か起きるたび、「信じるポイント」に持っていくこと、「自分のこと大好きだよね」という自分確認が大切なので、やはり信じることだと思っています。
岸本 亜泉(きしもとあい)
一般社団法人心書®協会代表理事
株式会社 K2innovation 代表取締役
書家アーティスト・パフォーマー・モデル
1982年京都生まれ 東京都在住。2002年、呉服屋の営業部に就職。お客様にお礼状を書き始めたことがきっかけで、筆ペンに出会い、相手の心に届くお礼状の探究が始まる。その後、自分の気持ちを知り・表現するオリジナル書道スタイル『心書®(しんしょ)』を生み出し、2008年に起業。15年間でのべ2万人以上の方に作品提供。2013年、一般社団法人心書®協会を設立後、心書メソッドを全国に展開、オンラインも取り入れた講師育成に力を注ぐ。2018年 身体に書をアートする『身書®(しんしょ)』を創造。身体をキャンバスに書道アート作品の制作に打ち込み、本格的に活動の幅を海外に広げた。作品を書く姿が斬新で美しいと世界中で大きな話題を呼び世界各国からオファーを受ける。プライベートでは、陽気な夫と、2児の子供たちと共に暮らすママ。