相手に翻弄される人生か、自分で脚本を書く人生か?

人生100年時代を皆様がより命を輝かせて生きるためのお手伝いをしたいと考えています。

私の人生を変え、人生の脚本を変えることができた、世界中で1000万部以上売れ、今も売れ続けている「7つの習慣」という本があります。今回は、その一節をご紹介し、お役立ていただければとってもうれしいです。ちなみに私は、7つの習慣の認定ファシリテーターでもあります。

「私たちは行動を選択する自由がある。しかし、その行動の結果を選択する自由はない。結果は自然の法則に支配されている。結果は影響の外にある。たとえば、走ってくる電車の前に飛び込む選択することはできるが、電車にはねられてどういう結果になるかは自分で決めることができない」

やって時間が無駄になったら、お金が無駄になったら・・・結果を気にするあまり動けないことがあります。
結果を支配しようと思うからこそこんな考えが出てきます。

ですが、ここで書かれている通り結果は、自然の法則に支配されていて、結果は自分で決めることはできないのです。結果は、神のみぞ知るという感じです。
誰かを愛したとしても愛されるかどうかはわかりません。思うような結果にならないこともあります。

ここで重要なのは、結果を期待するけれど、その期待をできるだけ忘れて、自分がコントロールできる、行動のみに影響を与えていくということです。

日常で朝、近所の人に挨拶しても、挨拶されなかったらいやだからしないという選択はできますが、相手が挨拶するかどうかはわからないけれど、私は挨拶すると決めて行動する。
こんな感じです。
同じ挨拶されなかったという結果でも、相手がしないから挨拶しないという行動のときと、相手からは挨拶されなかったけれど、自分は主体的に挨拶をしたという行動をとったとき、どちらが自分の心は豊かになるでしょうか?自分への信頼が高まるでしょうか?

前者は相手に影響を受け、自分の行動もコントロールされている状況です。ですが、後者は相手にコントロールをされることなく、自分で選択をしています。
もっといえば、前者は自分の人生の脚本が相手から影響を受けているのです。ですが、後者は、人生の脚本は自分で書いています。

人生の脚本を相手に書いてもらうか?自分で人生の脚本を書くか?どちらも選択は自由です。あなたはどちらを選びますか?
一人でも多くの方が人生の脚本は自分で書く生き方になることを願っています。

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